「夜明けから日暮れまで」(信長貴富)の歌詞の意味を考察! 歌詞に込められた思いとは

歌詞の意味考察

今回は混声合唱曲「夜明けから日暮れまで」の歌詞の意味を考察していきます!

是非最後まで見ていってください!

楽譜の購入はこちら
(リンク)


はじめに

「夜明けから日暮れまで」は、

福島で毎年3月に行われる

「声楽アンサンブルコンテスト全国大会」のテーマ曲として知られる曲です。

作詞者である和合亮一は福島県出身の詩人。

2011年の東日本大震災で被災しながらも、自身のTwitterで震災への思いを発信し続けました。


この詩は“命の流れ”と“存在のつながり” を壮大な視点で描いた詩です。

個人の感情だけでなく、





宇宙

といった自然や世界そのものの動きと、人間の命を重ねて描いています。

テーマは

「存在とは何か」
「命はどこから来てどこへ行くのか」
「失っても続いていく流れ」

です。


「夜明けから日暮れまで」前半の歌詞と考察

風がはるかかなたから吹いてきていま
私たちの間を通り抜けていくという 不思議

ここで描かれているのは「風」。

風は目に見えません。
でも確かに感じるもの。

これは、命や存在の比喩 です。
どこから来て、どこへ行くのか分からない。
でも確かに“ここにある”。


あなたは風になってぐるり 旅をして回り

ここで「あなた」は、
亡くなった人
遠くへ行った人
もう会えない誰か

を指していると考えられます。

人は消えるのではなく、
形を変えて世界の一部になる
という感覚が描かれています。


そして 風になったまま戻ってこない人を思う

ここに静かな悲しみがあります。

この曲は死を否定しません。
でも絶望にも落ちません。

「思う」ことで、
その人は今もつながっている。


わたし わたしは誰

これは自己の問い。

そしてその答えが——

日付変更線の先の明日です 夜明けです

これがこの曲最大の核心。

「私」=明日
「私」=夜明け

つまり人間一人一人が、
未来そのものだと語っているのです。

震災によって、「明日が来なかった人」がいる。

それでも私は日付変更線を超えることができた。

私は超えられなかった人から「命のバトン」のようなものを

託されているとも言えるでしょう。


後半の歌詞と考察

命がはるかかなたから湧いてきていま
私たちの間を通り抜けていくという 不思議

前半の「風」が、ここでは「命」に変わります。

命も風と同じ。
見えないけれど、確かに流れている。


鳥になったまま戻ってこない人々を思う

ここでも“失った人”が描かれます。
でも表現は柔らかい。

死ではなく、
別の姿で存在している
という捉え方です。


あなたあなたは誰
季節知って燃え続ける野火です

ここで「あなた」もまた自然の一部になります。

人は個体で終わらず、
世界の循環の一部になる存在 として描かれています。


クライマックス部分

道を行け 野を行け
野火を求めよ その先に夜明けがある

ここで曲は一気に力強くなります。

これは“生きろ”というメッセージ。

迷っても進め。
苦しんでも進め。
その先に夜明けがある。


船よ 銀河を背負い海原に帆をかかげよ

視点は地上から宇宙へ。

このスケールの広さが、この曲の最大の特徴。
一人の命も、宇宙の流れの中にある。


おわりに

「夜明けから日暮れまで」は、
悲しみを越えた先の世界を描いた曲です。

死も別れもある。
でも命は流れ続ける。

そして私たち一人一人が、
未来そのもの(夜明け)である と語っています。

歌うときは、

感情をぶつけるより
大きな流れの中に身を置く感覚で

音楽の“スケール”を意識すると、この曲の本質が伝わります。

人間を超えた視点で描かれた、
合唱ならではの壮大な一曲です。

ぜひ、歌詞を噛みしめながら歌ってみてください。

信長貴富の他の曲はこちら

【作曲家別】信長貴富のおすすめ合唱曲|名曲・人気曲を随時追加 | 合唱曲紹介屋tam

コメント

タイトルとURLをコピーしました