「ヒスイ」(信長貴富)の歌詞の意味を考察! 歌詞に込められた思いとは

歌詞の意味考察

今回は混声合唱曲「ヒスイ」の歌詞の意味を考察していきます!

是非最後まで見ていってください!


はじめに

「ヒスイ」は、「無伴奏混声合唱のための『カウボーイ・ポップ』」に収録されている、詩人・寺山修司による作品です。

この詩が描いているのは、

「持っていない現実の中で、それでも何を差し出せるのか」

という問いです。

繰り返される印象的なフレーズは、

涙を遠くへ解き放つこと
そして大切な人の手のひらに宝石を置くこと

という、象徴的なイメージでできています。

しかしその宝石は、現実には簡単に手に入らないもの。

この作品は、
物ではなく“言葉”を贈る物語なのです。


前半:ヒスイという象徴

ヒスイ(翡翠)は、深い緑をたたえた宝石です。

自然の凝縮のような輝き。
小さな石の中に、森や草原の広がりを感じさせる存在。

ここでのヒスイは、

・美しさ
・価値
・守りたい存在
・本当は与えたい理想

の象徴です。

「手のひらに置く」というイメージは、
とても親密で、あたたかい。

それは、
大切な“きみ”に何かを与えたいという、
まっすぐな願いの表れです。


中盤:届かない現実

しかし物語は、理想のまま進みません。

ヒスイは高価で、
語り手にはそれを手に入れる力がない。

ここで語られる“貧しさ”は、
単なる金銭的な意味を超えています。

・力のなさ
・未熟さ
・どうにもならない現実

を象徴しています。

誰かを想っても、
十分なものを与えられないもどかしさ。

この詩は、その無力さを隠しません。

むしろ正面から見つめています。


転換:だからこそ歌う

この作品が美しいのは、
そこで立ち止まらないことです。

宝石を買えないから終わり、ではない。

現実の宝石の代わりに、
言葉を磨き、歌を差し出そうとする。

ここで示されるのは、

“言葉の宝石”という発想です。

物質的な価値はなくても、
心を込めて紡いだ言葉は、
誰かの一日を飾ることができる。

それは高価ではない。
けれど、誠実で、あたたかい。

この詩は、

足りないからこそ生まれる創造
持っていないからこそ選ばれる表現

を描いています。


「涙」と「草原」のイメージ

もうひとつ重要なのが、
涙と草原のイメージです。

涙は個人的で、重たい感情。

しかしそれが、広い草原へと向けられる。

草原は、

・世界の広がり
・時間の流れ
・包み込む自然

を思わせます。

つまりこの作品は、

悲しみを抱え込まず、
大きな世界の中に解き放とうとする姿勢

を描いているのです。

無力さも、寂しさも、
広い世界の中に置き直すことで、
少しだけ軽くなる。

そんな視線が感じられます。


後半:愛とは何を与えることか

この詩が問いかけているのは、

愛とは、高価なものを差し出すことなのか?

ということです。

答えは、静かに示されます。

違う。

本当に価値があるのは、

その人のために考えた時間
丁寧に選んだ言葉
精一杯のまなざし

です。

物がなくても、
心を尽くすことはできる。

そしてその心は、
宝石と同じように輝く。

最後に繰り返されるイメージは、
もう現実の宝石ではありません。

言葉そのものがヒスイになっているのです。


おわりに

この詩は、

豊かさとは何か
贈り物とは何か
愛とは何か

を静かに問いかけます。

持っていないことを嘆くのではなく、
持っているもので誠実に向き合う。

買えないからこそ、歌う。
足りないからこそ、言葉を磨く。

それは決して弱さではありません。

むしろ、

静かで、強い生き方です。

「ヒスイ」は、

物ではなく心で飾る一日を描いた作品。

不器用でもまっすぐに誰かを想うことの尊さを、
やさしく教えてくれる一篇なのです。

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