今回は混声合唱曲「春に」の歌詞の意味を考察していきます!
是非最後まで見ていってください!
はじめに
「春に」は混声合唱曲集『地平線のかなたへ』に収録されている、
詩人の谷川俊太郎によって描かれた作品です。
この詩が描いているのは、
春という季節に重ねられた“心の目覚め”の瞬間です。
ここで語られている「この気持ち」は、
-
成長の衝動
-
世界へ向かう力
-
自分が変わり始める感覚
つまり、春の自然の変化と同じリズムで起こる、
人の内側の春なのです。
芽がふくらむように、
まだ形のないエネルギーが、心の奥から押し上げてくる。
この詩は、その“生まれる直前の気持ち”をそのまま描いています。
前半:大地とつながる感覚
詩の冒頭では、感情が「体の下から」湧き上がってきます。
これは偶然ではありません。
春は大地が目覚める季節。
眠っていた生命が動き出す時期。
そのエネルギーが足元から伝わってくる描写は、
自分が自然の一部であるという感覚を示しています。
この気持ちは、個人的な感情というより、
生命全体の動きと同調した感覚なのです。
だからこそ、説明できない。
考えではなく、存在そのものが動いているからです。
中盤:芽吹きと心の変化
新芽の描写は、この詩の象徴的な場面です。
芽はまだ花ではない。
完成でもない。
でも、確実に“これから”を抱えている存在です。
心の中に同時にある、
喜び
悲しみ
苛立ち
安らぎ
憧れ
怒り
これらはすべて、
新しい自分が生まれる前触れ。
春の天気が不安定なように、
心も揺れ動く。
それは未熟さではなく、
変化のエネルギーが大きい証拠です。
後半:世界へ開いていく心
春は、閉じていたものが開く季節。
この詩でも、心は外へ向かいます。
まだ知らない人と出会いたい。
遠くへ行きたい。
未来を早く見たい。
これは単なる願望ではなく、
世界に参加したいという衝動。
冬のあいだ内側にこもっていた心が、
一気に外へ広がろうとしている。
でも同時に、その場にとどまりたい気持ちもある。
それは、変化への期待と不安が同時にあるからです。
春は始まりの季節ですが、
同時に“今までの自分との別れ”の季節でもあるのです。
「この気持ちは何だろう」の意味
繰り返される問いは、答えを探しているのではありません。
これは、
名前がつく前の感情
言葉が追いつかない生命の動き
そのものを指しています。
春の芽が「なぜ伸びるのか」と問わないように、
心もまた、理由より先に動き出す。
この気持ちは、
恋かもしれない
希望かもしれない
不安かもしれない
成長かもしれない
でもどれか一つではない。
それは“生きようとする力そのもの”です。
おわりに
「春に」は、
春の自然と人の心を重ねて、
生命が目覚める瞬間のエネルギーを描いた詩です。
落ち着かないのは、動き出そうとしているから。
矛盾した感情があるのは、心が広がっているから。
分からないまま抱えているその気持ちこそが、
新しい自分への入り口。
この詩は、
“説明できないけれど確かにある衝動”を肯定する、
春のようにまぶしい一篇なのです。


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