今回は混声合唱曲「きみ歌えよ」の歌詞の意味を考察していきます!
是非最後まで見ていってください!
はじめに
「きみ歌えよ」は「混声合唱とピアノのための『新しい歌』」に収録されている、
詩人の谷川俊太郎によって描かれた作品です。
この詩が描いているのは、
「歌うこと=自分を隠さず生きること」です。
ここで語られる“歌”は、
上手さや技術の話ではありません。
描かれているのは、
-
本音を外に出す行為
-
取り繕わない感情
-
誰にも届かないかもしれない声
-
それでも歌うという姿勢
つまりこれは、
不器用でもいいから本当の自分であれ、という人生のメッセージなのです。
前半:哀しみをそのまま出すこと
最初に語られるのは、つらさや悲しさ。
ここで大事なのは、
誰かに聞かせるためではなく、
ひとりで歌うことが強調されている点です。
これは、
人に見せるための感情ではなく
自分の中の本物の感情と向き合うこと
を意味しています。
人前では強がってしまう。
取り繕ってしまう。
でも、ひとりのときの声はごまかせない。
歌うことで、
-
本当に悲しいのか
-
何がつらいのか
-
誰を想っているのか
がはっきりする。
ここで描かれているのは、
歌が心の嘘をはがす行為だということです。
中盤:みっともなさを隠さない
次に出てくるのは、嬉しさや好きという感情。
でも同時に、格好悪さや弱さもそのまま出せと言われます。
ここがこの詩のすごいところ。
普通は、
悲しみは見せない
弱さは隠す
バカに見られたくない
そうやって自分を守ります。
でもこの詩は逆を言う。
全部出せ、と。
きれいな自分だけではなく、
ずるさも、情けなさも、未熟さも。
なぜならそれが“本物の人間”だから。
そして、本気で自分をさらけ出せたとき、
過去の偉大な存在でさえ遠いものではなくなる。
音楽は、立場や時代を超えて、
むき出しの心と心をつなぐものとして描かれています。
「ひとりで歌え」の意味
この詩で何度も繰り返されるのが、
“ひとりで”という言葉。
これは孤独をすすめているわけではありません。
意味しているのは、
まずは自分をごまかさない場所に立てということ。
誰かの評価の中ではなく、
拍手も批判もないところで、
本当に言いたいこと
本当に叫びたいこと
本当に抱えているもの
を出してみる。
そこからしか本当の表現は始まらない、という考えです。
後半:壊れた楽器の象徴
登場するのは、立派な楽器ではありません。
壊れたもの。
これはとても象徴的です。
完全な人間なんていない。
誰もがどこか欠けている。
でもその不完全さごと抱えて歌え、と言っている。
整ってから始めるのではなく、
傷ついたまま、未完成のまま始めろというメッセージです。
ここには、才能よりも誠実さを大事にする姿勢があります。
終盤:誰かがいつか耳をすます
最後に出てくるのは、未来への小さな希望。
今すぐ誰かに届くとは言われません。
でも、
本物の声は消えない
どこかで誰かが受け取る
という信頼が描かれています。
これは有名になることではなく、
心が心に届く瞬間が必ずあるという意味です。
だから評価や結果を気にする前に、
まず歌え、となる。
おわりに
この詩は、
上手に生きる方法ではなく、
正直に生きる方法を語っています。
格好つけなくていい。
整っていなくていい。
一人でもいい。
でも、
感じたこと
好きなこと
苦しいこと
を外に出せ。
歌うとは、
自分を隠さない勇気そのもの。
荒削りで、不器用で、
でも胸の奥をまっすぐ打つ、
“ほんとの自分で立つこと”を教えてくれる一篇なのです。
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