今回は混声合唱曲「さびしいカシの木」の歌詞の意味を考察していきます!
是非最後まで見ていってください!
はじめに
「さびしいカシの木」はアンパンマンの作者としても知られる、
やなせたかしさんによって詩が書かれました。
この詩が描いているのは、
「孤独との向き合い方」そして「時間がもたらす心の変化」です。
登場するのは山の上に立つ一本の木。
動くこともできず、そこに在り続ける存在です。
ここで語られるのは単なる寂しさではなく、
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誰かとつながりたいという願い
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その願いが叶わない経験
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それでも生き続ける時間
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そして最後に訪れる“心の在り方の変化”
という、人生そのものに通じる流れです。
とても素朴な物語の形をしていますが、
中身は「生きることの成熟」を描いた深い作品になっています。
前半:つながりを求める心
物語の最初に描かれるのは、
動けない存在が外の世界へ手を伸ばす姿です。
ここでのポイントは、
「自分の場所から離れたい」という願い。
これは単に場所の問題ではなく、
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今の自分では満たされない
-
どこか別の場所に救いがあるかもしれない
-
誰かが自分を連れ出してくれるかもしれない
という希望の象徴です。
しかし、その願いは受け止められません。
ここで描かれているのは拒絶というより、
世界は思うように応答してくれないという現実。
孤独の最初の段階は、
「誰かが何とかしてくれるかもしれない」という期待がまだ残っている状態なのです。
中盤:共に生きたいという願い
次に現れるのは、
遠くへ行きたいという願いから、
「誰かと一緒にいたい」という願いへの変化です。
これはとても重要な転換です。
外の世界へ逃げることではなく、
「ここで、誰かと生きたい」という望みに変わっている。
つまりこの木は、
逃避 → 共存
へと願いの質が変わっています。
けれどここでも、その願いは叶いません。
やさしさを持った存在でさえ、留まることはない。
ここで示されているのは、
出会いと別れが自然の摂理であること。
誰かが悪いのではなく、
ただ世界は流れ続けるという事実が描かれています。
孤独が一段、深くなる場面です。
後半:時間が心を変えていく
物語はここで大きく跳びます。
季節が流れ、年月が過ぎ、木は年老いていきます。
ここで重要なのは、
外の状況が変わったのではなく、
内側の在り方が変わったこと。
かつては寂しさから逃れようとし、
誰かに助けを求めていた存在が、
今はただそこに立っている。
この変化は「諦め」とは少し違います。
それは、
-
世界は流れていくもの
-
誰も留まらないもの
-
自分はここに在る存在だという事実
を受け入れた心の姿です。
孤独を消すことはできなかった。
でも、孤独との関係は変わったのです。
終盤:孤独に“慣れる”ということ
最後の状態はとても静かです。
ここにあるのは、
孤独に打ち勝った姿でも
誰かに救われた姿でもなく、
孤独と共に生きられるようになった姿。
「慣れる」という言葉は冷たく聞こえるかもしれませんが、
この詩ではそれは“心の強さ”として描かれています。
最初は痛みだったものが、
時間とともに心の一部になる。
それは感情が消えたのではなく、
感情に振り回されなくなった状態です。
木はもう何かを求めていません。
それでも、立っている。
それだけで、存在が完成している。
おわりに
この詩は、
孤独をなくす物語ではなく、
孤独と共に生きられるようになる物語です。
誰かに救われることもある。
でも、そうならない時間の方が長いこともある。
それでも人は、
願い
失望
時間
受容
という流れの中で、少しずつ心の形を変えていく。
動けない一本の木は、
私たち自身の姿でもあります。
寂しさは消えないかもしれない。
でも、その中で立ち続けることはできる。
とても静かで、
でも人生の核心に触れる、
「孤独の成熟」を描いた一篇なのです。
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