今回は混声合唱曲「うたをうたうとき」の歌詞の意味を考察していきます!
是非最後まで見ていってください!
はじめに
「うたをうたうとき」は詩人のまど・みちおによって描かれた作品です。
この詩が描いているのは「歌うという行為の本質」です。
単に声を出すことではなく、
自我から自由になる体験
心だけの存在になる感覚
音楽と一体化する瞬間
が中心テーマになっています。
とてもやさしい言葉で書かれていますが、
内容は“表現の極地”とも言える深い世界です。
前半:身体から解き放たれる
冒頭で繰り返される「歌うとき」という言葉は、
日常とは違う特別な状態への入り口を示しています。
ここで描かれるのは、
物理的な身体を持つ存在から、
内面の存在へと移行する感覚。
これは比喩で、
余計な力み・緊張・見た目・評価など、
“自分を縛るもの”を手放すことを意味しています。
歌うという行為が、
外側ではなく内側の世界へ向かう営みであることが示されます。
「心ひとつ」という状態
身体性が薄れたあとに残るのは、
ただ一つの心。
ここでは、感情・意識・感受性が純粋な形で存在しています。
役割も立場も技術も関係ない。
ただ「感じる存在」として在る状態。
これは、歌う人が音楽と向き合うときの理想の姿で、
コントロールする側ではなく、
音楽に開かれた存在になっていることを表します。
中盤:歌より先に飛んでいく心
心はとても軽い存在として描かれます。
重力から解放され、
音楽が向かう方向へ先に進んでいく。
ここで示されるのは、
歌う人が「音を追いかける」のではなく、
音楽の流れを先取りして感じている状態。
優れた表現のとき、
声よりも先に感情が動いている。
この詩はその感覚を、
“飛ぶ”というイメージで表しています。
終盤:歌を迎える存在になる
とても印象的なのは最後の場面。
歌い手は歌を生み出す存在であると同時に、
“あとからやってくる歌”を受け止める存在として描かれます。
ここには深い意味があります。
歌は自分の中から出るものだけれど、
同時に「自分の外から訪れるもの」でもある。
インスピレーションや感動は、
作り出すものというより、
出会うものに近い。
だからこそ、
歌を迎え入れる姿勢が必要になるのです。
おわりに
この詩は、
上手に歌うことの話ではなく、
「歌うときの心の在り方」を描いた作品です。
力を入れることではなく、
手放すこと。
コントロールすることではなく、
受け取ること。
自分を主張することではなく、
音楽に身をゆだねること。
そうした状態になれたとき、
人は本当に歌と一体になる。
とても静かで、
でも本質を突いた、
“歌うことの哲学”を描いた一篇です。
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