今回は混声合唱曲「みやこわすれ」の歌詞の意味を考察していきます!
是非最後まで見ていってください!
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はじめに
「みやこわすれ」は『混声合唱とピアノのための組曲「みやこわすれ」』に収録されている曲です。
詩人の野呂昶(のろさかん)によって描かれた透明感ある言葉が魅力的です。
「みやこわすれ」は手を伸ばしても届かないものを描いた作品です。
目の前に“見えている”のに、
決して触れることができない。
それは物理的な距離ではなく、
時間・記憶・心の距離です。
詩に出てくる「みやこわすれ」は花の名前ですが、
ここでは単なる植物ではなく、
-
忘れられない過去
-
戻れない時間
-
失われた感情
そうしたものの象徴として描かれています。
テーマは
「届かない美しさ」と「記憶の痛み」
です。

ミヤコワスレの名は、鎌倉時代に承久の乱に敗れた順徳天皇が北条家によって佐渡島に流された際に、この花を見て心を慰め、都恋しさを忘れたとの伝承による。この由来によって花言葉は「別れ」や「しばしの憩い」などといわれる。 ミヤマヨメナ – Wikipedia
詳しい曲概要はこちら→混声合唱とピアノのための組曲「みやこわすれ」(千原英喜)より「みやこわすれ」を紹介! 合唱曲解説 | 合唱曲紹介屋tam
前半の歌詞と考察
ゆうもやのむこう
うすむらさきのはなが うかんでいる
ここは現実というより、記憶の風景です。
「夕もや」は、はっきり見えない時間帯。
昼と夜のあいだの、曖昧な世界。
つまりこれは、
今この瞬間ではなく、心の奥にある景色
だと考えられます。
「うすむらさき」は派手ではない色。
静かで、やさしくて、少しさびしい色。
この時点で、詩のトーンは
穏やかだけれど切ない方向へ定まっています。
手を伸ばす場面 ― 届かないもの
わたしは てをのばす
どんなに てをのばしても
とどかない
見えているのに届かない。
これは“物”ではなく、
-
もう戻れない時間
-
失った気持ち
-
かつて愛していた人
などのメタファーだと考えられます。
この「とどかない」は、
人生そのものの現実を表しています。
「みやこわすれ」の意味
みやこわすれ
そのすがたの なんというすずやかさ
「みやこわすれ」という花の名前は、
“都を忘れる”ほど美しい花
という意味を持ちます。
つまりここでは、
心を奪われるほど美しいけれど、遠い存在
として描かれています。
「すずやかさ」という言葉も重要です。
熱い感情ではなく、
冷たいわけでもない、
澄んだ美しさ。
それは手に入らないからこそ、
より美しく見えているのです。
後半 ― 記憶の正体
とおいあのひ
ただただ せつなく くるしく
かぜのゆらぎにも ふるえ
ときめいていたこと
ここでは「みやこわすれ」の美しさが強調されます。
切なさや苦しさを抱えながらもときめく。
私は「みやこわすれ」がかつて愛した人のメタファーであると思います。
かつてときめいていて私の心を奪った「みやこわすれ」のような人。
でもその人ととはもう会うことができない。そんな詩であると私は思います。
この詩が伝えていること
この詩は「悲しい詩」ではありません。
届かないことを嘆くというより、
届かないほど大切だった時間があった
という事実を、静かに見つめている詩です。
過去は戻らない。
でも、その時のときめきは、
今の自分の中に確かに残っている。
「みやこわすれ」は、
失われたものの象徴でありながら、
同時に
自分が確かに生きてきた証
でもあるのです。
おわりに
この詩は、
大きな出来事ではなく
小さな感情の揺れを
とても丁寧に描いています。
歌う・読むときは、
大げさに悲しまず
静かに思い出すように
言葉を置いていくと、この詩の透明感が伝わります。
届かないものを見つめることで、
自分の中に残っている“あの日の心”に気づかせてくれる、
とても美しい詩です。
ぜひ、この情景を思い浮かべながら味わってみてください。


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